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2012-03-25(Sun)

【嘘も100年言えば真実になる 】百年後の子孫に問う「対馬は誰の土地か?」~対馬訪問運動、続ければ歴史になる

 ハワイは米国の土地、端島(軍艦島)は日本の土地、それなら独島(ドクト、日本名:竹島)は、離於島(イオド)は、間島(カンド)は、対馬(テマド)は?

 正解は全部私たちの土地だ。だが、現実はそうではない。独島は日本が、離於島は中国が自らの土地(島)と言い張り、間島と対馬は数千年間、私たちの支配下にあったが近世に朝鮮没落・日帝治下・南北分断の国力弱化で隣接国家に奪われた。

 だから学生たちに訊ねれば間島は中国の土地。対馬は日本の土地と答える。歴史教育不在のせいだ。特に対馬は100余年前に日本が近代国家再編過程で領土に編入したのに私たちは国力が弱くて対応できなかった。

 日本が独島を自らの土地だと妄動するのに比べて対馬が私たちの土地だと主張する論拠が比較できない程はるかに多い。対馬は日本の九州本島との距離が147キロにもなるが韓半島とは49.5キロにしかならない。民俗信仰・言語・歳時風俗も対馬が私たちと似ているのを見れば驚くばかりだ。

 明治維新以前の日本の資料を見ても私たちの領土と表示しており、宣教師のミラー女史が1906年著した初学地誌にも朝鮮の土地と記している。李承晩(イ・スンマン)博士は1948年、大統領就任後、対馬を韓国に返還するよう要求した。私たちの領土に確定すれば排他的経済水域(EEZ)適用を受けて韓半島の大きさほどの沿岸を確保する。

 昌原市(チャンウォンシ)は2005年3月18日、初めて「対馬の日条例」を制定して今年で7周年をむかえた。条例の意味を再確認し歴史を作って続けるようまい進しなければならない。パク・ワンス市長は「李従茂(イ・ジョンム)将軍が朝鮮で初めて倭寇を討伐するために対馬を征伐した」として「歴史を正す次元で対馬を訪問すること」を提案した。

 キム・イス議長は「日本の独島領有権主張に勝つには歴史的事実をたくさん勉強して知識で武装する道しかない」と明らかにした。パク・ジュンチョル前馬山市(マサンシ)議員は独島について私たちの土地という意識はあるが認識がなく、対馬については意識も認識もないと嘆いた。

 日本が執拗に私たちの領土を自分の土地だと教育する間、私たちはそうしなかった。学校から独島と対馬に対する歴史意識を鼓吹しなければならない。また、対馬に関する学術シンポジウムなど各種記念行事開催と対馬巡礼団構成なども検討する時だ。

 歴史は過去と現在の対話や、挑戦と応戦という言葉がよみがえるこの頃だ。申采浩(シン・チェホ)先生がなぜ歴史を我と非我の闘争としたのだろうか。対馬訪問運動は今でこそ些細なことだが百年の時間が流れれば歴史になることを確信する。

 「対馬の日条例」は宣伝的行事ではなく、後代と疎通する歴史を正す運動だ。百年後の子孫に問う。対馬は誰の土地か?

(慶南日報・韓国語 )
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